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つげ義春 無能の人

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つげ 義春(つげ よしはる、1937年10月31日(実際は4月の生まれ) – )は、漫画家・随筆家。本名:柘植 義春(読み同じ)。『ガロ』を舞台に活躍した寡作な作家として知られる。 テーマを日常や夢に置き、旅をテーマにした作品もある。『ガロ』を通じて全共闘世代の大学生を始めとする若い読者を獲得。1970年代前半には「ねじ式」「ゲンセンカン主人」などのシュールな作風の作品が高い評価を得て、熱狂的なファンを獲得した。 漫画家のつげ忠男は実弟。妻藤原マキは、唐十郎主宰の劇団・状況劇場の元女優。 ウィキペディアより

ヒモの様な生活 と言う話が髪結いの亭主で出たので、
つげ義春の話をしよう ヒモの様な男の話を数多く描いている漫画家である。

つげ作品の中で僕がもっとも好きなのは『無能の人』という作品

あらすじは、女房子供を持った売れない漫画家が生きる為に何かやろうとするのだが、漫画なんて描いても売れないしもっと手っ取り早い方法で楽に稼ぐ方法が無いのかと考える。

そんな主人公はある日、古本屋にでかけて、一冊の石の本を見つける
その本には観賞用の石が載っており、高額な値段がついていた。それを見たとたん 男は石を売るなんて!こんなぼろい商売があるのかと驚愕し、手に汗をじっとりかくほど興奮してその本を購入し、意気揚々と帰宅。そして、とうとう近くの河原に木棚を組んだだけのゴミ捨て場の様な店を開く。
そして堂々と石を並べ、値段を付け売ろうとする。
しかし、それは何の変哲も無い店の周りの河原に幾らでも転がっているただの石である。
河原でボート屋をしているテキ屋に『これはその辺に転がっている石とどうちがうんだ?』とからかわれて主人公は『形が違うだろ、俺が選んで値段を付けたんだ』と説明する。
『それで?売れるのか?』と聞かれ 『いいや、売れないよ』と答える

夕暮れになると主人公の子供が河原にむかえにくる。『父ちゃんむかえに来たよ。』こどもに言われて帰ろうとする男に、子供は『石は盗まれないの?』と父親に尋ねる。『うん盗む奴なんかいないんだ。』子供はさらに、『母ちゃんは虫けらって言ってたけど虫けらって何だ?』と訪ねる。彼は『俺みたいな奴が虫けらと言うんだ』と答える。

それから数日がたつが、どうしても石が売れない 石が売れないのはしかるべき場所に置かないからだと、男はオークションに出展する事に決めたが、
展示会出展費用が無いので、スーパーのパートで働く奥さんに金を出すよう無心する。
奥さんは『こんなことして、なんになるのよ』とぐちを言いあきれかえっているのだが、主人公は『これで石が売れるんだからつべこべ言うなよ』と奥さんに金を渋々出させてしまう。

展示会が始まり、オークションで即売するが結局一つも石は売れない。それでも懲りずに石を片付けてもって帰ろうとする夫に向かって、妻はとうとう
『1万7000円も元手がかかって石が一つも売れない お願いだから貴方こんな事やめて 貴方には漫画があるじゃない
漫画を描かないでどうしてこんな事するのよ 漫画を描いてよ』 と、大きな声で泣き崩れてしまう。

ストーリーはこれでおしまいである。つげの漫画にはそれから?と訪ねたくなる物が多い。
しかし、それから、は無いのだ。言いたい事を描いたのでおしまい。というスタイルである。

僕がどうしてこの漫画に執着するかと言うと、つげ義春が 才能ある者が感じる貧困に対する恐怖を描いているから。

実はこの話に登場する観賞用の石を僕の母方の祖父は実際に売っていた。
古谷石と呼ばれる石で、祖父はその石に装飾としての木の台をつける職人だった。
この石の特徴は、人工的に作り上げた物でなく、山水画の様な風景というか風情を自然の偶然で鑑賞する者に感じさせる。
例えば、石には白いスジの様な模様があるのだが その模様が滝が流れているように見えたり、川のように見える。
石の形が山に見え、山の向こうに遠くの山があったり遠近感を感じさせる。絶景に見える風景ほどその鑑賞価値は高い

木の台は紫檀 黒檀と呼ばれる固い木をノミや彫刻刀で削りだし装飾付けて行く。
最後に漆が塗られ、工芸品となり石と合体する
古谷石はこの台を付けた時に初めて鑑賞価値がでる。石は台と合体したとたんに風景に見えてくるのだ。
石の値段が80万なら、木の台の値段は40万くらいだった。合計120万。
かれこれ40年も前にその値段だったんだから、職人としてはいい商売になっただろう。

だが、祖父は石に関してプロだった。つげ漫画に登場する主人公は石に関しては全くの素人。そして本来は漫画家である。どんな職業の世界でも同じだが
素人が玄人のまねをしてもそれは無駄な事である。

どんな家業でもプロになるまで数十年かかる。駄目だったらやめとこうと中途半端に首を突っ込むと、人生が台無しになる
一人前になる為には人生を賭けるしか無い。後戻りなんてありはしない

考えようによっては恐ろしい話だ。よく、なににも興味が持てなくて、職業をころころと変えてしまう人は
自分のやっている事がきっと信じられないのだろう。 一つの才能を信じるがゆえ、無能の人になってしまうこの恐怖から逃れたいのだが、あり地獄のように無能になっていく。

無能の人で描かれている人物は、
『虫けらって何?』と子供に聞かれ、『俺の様な男の事だ』と答える。主人公は漫画の才能があるにも関わらず、他の事で貧困から逃れようとするつげ義春自身の話なのだ。

漫画を描くしか才能の無い男が、漫画を描いても売れないのだから。怖くて怖くて仕方ない。かといって、漫画を捨てる事も出来ない。できるなら、他のことをやって貧困な生活から抜け出したい。
そう願っているが 結局は何ひとつとして、他のことが出来ないのだ。
漫画の才能に取り憑かれたまま何もせずに途方に暮れていく恐怖。不安。貧困、絶望
つげ義春はそういう怖さを描きたかったのだと思う。

実際のところつげ義春は漫画がある程度売れるようになって、印税が入るようになると全く漫画を描かなくなる。
誰かがつげ義春になぜ、もう漫画を描かないのかと聞いたら。今はもう貧困ではないから。と答えたらしい。
そりゃそうだろう。裕福でこういう漫画を描かれても説得力なんてありはし無い。