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ベラスケスの絵画 『教皇インノケンティウス10世』

ベラスケスの絵画『教皇インノケンティウス10世』,nudeA3bag

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教皇インノケンティウス10世》1650年、 ローマ、ドーリア・パンフィーリ画廊蔵
1649年、ベラスケスは2度目のイタリア旅行に出かけ、ローマに2年ほど滞在している。この間に描かれた教皇インノケンティウス10世の肖像は、カトリックの最高位にある聖職者の肖像というよりは、神経質で狡猾そうな一人の老人の肖像のように見える。国王、教皇から道化師まで、どのようなモデルをも冷徹に見つめ、人物の内面まで表現する筆力はベラスケスの特長である。
椅子に座るモデルの膝から上の部分が、画面の中心に大きく描かれている。モデルの背後は緞帳により完全に閉ざされている。これにより画面のほとんどはこの緞帳か教皇が身に着けた服飾、すなわちなんらかの繊維製品により占められている。それ以外の部分には椅子の木製あるいは金属の部分と、衣装から覗くモデルの顔と手が描かれている。人物像の周囲の余白はほとんどない。特にラファエロが描いた教皇レオ10世の肖像に見られたような、侍者など他の人物の姿や小道具は描かれていない。わずかに持物として左手の紙片が確認できる。この構図により鑑賞者の視線は、画面の大部分を占める布地の色彩と質感、あるいは頭部の再現的描写の観察へといざなわれる。
色彩に関してはまず、緞帳、帽子、上着、椅子のカバーに見られる赤が支配的である。その次に広い面積を占めるのが白で、シャツと下衣に認められる。赤と白が画面のほとんどを占める中で、顔と手の肌色、椅子の金属部分の金がアクセントとなっている。 ウィキペディアより

もう30年以上も前の話だが、大阪心斎橋大丸百貨店の宣伝部で僕はアルバイトをしていた
そのころ、大丸ではお客さんの人気を引くために色々なイベントがあったが、目玉イベントにベラスケス展と言うのがあった.。結構な数の絵が展示されていたように記憶している。
スペインの国宝級の絵画が、たかだかと言っては失礼だが、心斎橋大丸百貨店のイベント会場で展示されていた。僕たちの様なアルバイトが警護してよくもまあ無事ですんだなと今から思えば信じられないような話だ。まさか贋作が並べられていた訳ではあるまいし。

それはさておき、
少しドガの話に戻るが、ドガの時代はすでに写真機が登場して来た頃らしい ドガもよく写真を撮って
絵画の参考にしていたと聞く。
どうりで躍動感やスピード感のある絵が描けたはずである。

しかし、ベラスケスの時代にはもちろん写真など無かった。
写真も無い時代にこれほど、スーパーリアリズムな絵を描くと言う事は当時はずいぶん脅威的だったのだろう。今の時代ではこのような絵は古典的絵画とされているが、当時は最先端の絵画技法だったに違いない。それにベラスケスには ただの写真とは違った重力の様な物を感じる 人物を描いていれば、その人物の体重みたいな物を感じるから不思議だ。

この時代、絵画といえばこのように存在感がある様な絵が傑作とされていたのでは無いだろうか?
この時代の貴族は、写真機がまだ発明されていないので写真の変わりに自画像や、記念日と言えば何かとベラスケスの様なうまい画家に絵を描かせたんだろうなと思う。
これらはきっと、貴族の記念撮影的なものだったのだろう

僕自身はベラスケスのような古典的絵画にはほとんど興味はない。興味あるのはこの後話をしようと思っているフランシスベーコンのほうだ
僕はベラスケスをじっさい大丸で本物を見ているはずなのだが、なにせ30年も前の話なのであまり記憶に無い 本当にあれは本物だったのか?

しかし、ベーコンの話の前にベラスケスなしでは語れない画家なので紹介しておこう。
1649年、ベラスケスはイタリアに出かけ、ローマに2年ほど滞在している。
その頃にインノケンティウス10世 カトリックの最高権威者の肖像をてがけている
ベラスケスの絵画は単に写真のように描くのでは無く、人間の内面の心までを書こうとした。そこにこそ彼の芸術的価値があると僕は思う

《教皇インノケンティウス10世》1650年、 ローマ ドーリア・パンフィーリ画廊蔵
この絵に書かれている教皇である人物。怖い男に見える 神に仕える身でありながら、冷淡で神経質そうで 人の失敗を決して許さない様な狡猾な老人という感じだ。色彩も赤が中心に使用され、血が連想される。さすが、ベラスケス。心の中まで見透かす様な写実は見事である。ブログを読んでいる人がいたらこの絵の構成を良く覚えていて欲しい。次のフランシスベーコンの話に登場するからだ。