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利己的な遺伝子

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クリントン・リチャード・ドーキンス(Clinton Richard Dawkins, 1941年3月26日 – )は、イギリスの動物行動学者であり進化生物学者。The Selfish Gene(『利己的な遺伝子』)をはじめとする一般向けの著作を多く発表している。存命の一般向け科学書の著者としてはかなり知名度の高い一人である (ウイキペディアより。)

ブレードランナーは遺伝子工学の発展から生まれた映画と言ってもよく、生物と物質との境界は何なのかという疑問について興味深く描いた。
映画ではおもしろおかしいテーマとして結構SFで使い古されて来たテーマであるが、生きる事とは何なのか。人間の生きる意味はどういう事なのか そういった領域に宗教を頼らずに科学的に答えを導きだしている科学書は意外にも数少ない。
僕が考える上ではその疑問に出来る限り簡単に科学的に答えた書物は、リチャードドーキンスが書いた利己的な遺伝子という書物ではないかと思われる。

どういう書物かと言うと一言で言えば、ダーウインの進化論のその後を遺伝子論的に見て、生命とは生きるとは一体何なのか?という事を解説した書物と言うところだろうか? そして、この書物は、擬人化した神の存在を否定しているところから始まっている。僕があえて擬人化した神の否定といったのは、偶然によって遺伝子がこの世に現れたとしても、その偶然は結局、神の仕業に違いないという人もいるからだ。偶然については神の仕業かどうかそれはこの書物には書かれていないが、もしも、『偶然によって遺伝子が組み立てられた』と言う事が神の否定とするなら、リチャードドーキンスはまさに無神論者と言ってもいいだろう

興味深いのはこの書物の後半に出てくるミームという概念で、デザインと関係してくる そして、その書物の冒頭にネッカーキューブと言う図形の話を比喩を例に挙げているという点も興味深い。
このキューブと利己的遺伝子の話がどう繋がって行くのか?意味するところは書物を最後まで読まなければ解らない話になっている。この本の内容を解説する前に、まったく、この書物はネッカーズキューブの解説をしていないので僕がここで簡単に解説をしておくと、
ネッカーズキューブと言うのはスイスのアルバートネッカーと言う人が1832年に考案した物で
エッシャーの騙し絵のハシリ、みたいな図形である。人間の脳の錯覚によって一つの図形が2通りに見えてくると言うもの。

一つは、立方体の斜め右上から眺めた図に見えるが、見方を変えると、斜め左下から眺めた図にも見える。 同じ事実でも見方を変えると違った図形に見えてくる。言いたい事は、芥川龍之介の羅生門の様に ひとつの事実は 一つの意味しか無いとは限らないと言う事であろうか?

それでは、この利己的遺伝子という本の内容に少し触れてまた再びネッカーキューブの話に戻ってくる事にしよう。

では、この本の要約を話しよう。
1、まず、この書物は生命とは偶然に作られた産物にすぎないと言う話から始まる。
地球が作られたのは46億年前と言われており、最初の生命の様な物が出来たのは地球誕生後の6億年後と言われている。この6億年の間に地球に何が起こったのか?

科学者は生命誕生の謎を解こうとして原子スープと呼ばれる化合物をフラスコの中に作った 化合物の内容は、水 二酸化炭素 メタン アンモニアなどの 有機物のスープだった。 想像力を駆使して、生命誕生の前の地球環境、たとえば稲妻の発生などを再現して、太古の海を人工的にフラスコの中に作り出したのである。
すると驚いた事に、生命のような形、丸い細胞の様な物が出来上がっており、特筆すべきはアミノ酸が発見されたのを確認した たったの2-4週間の実験でである。
そのように地球の太古の海は6億年も生命誕生のシェイカーをふり続け、そしてとうとう、DNAの元となる分子みたいな物を偶然というか、なるようになったというか そういう物を誕生させ、しかもそいつは、驚くべき事に自己複製機能を持っていた。(という仮説からこの書物は始まっている)

自己複製機能を持った分子はどんどん太古の海で分裂を繰り返し、海洋中にあふれんばかりに分子の複製だらけになって行ったと考えられる。はじめは生命というよりもほとんど物質の様な物だったが、ドンドン繁殖した。そのうちにそれは、外界から自己を守る為に回りにタンパク質の様なゼラチン状の物を身にまとう様になり、自ら防衛システムを確立するようになった。そしてさらに、自らをコピーする為に生き残りをかけて、色々な戦略を取った。やがて、それらは、進化し、コロニーの様な物を形成した。そしてとうとう安定的に存在するのに便利な乗り物を作った。その乗り物とは、すなわち、生命であった。魚であったり、昆虫であったり、植物であったり、生命体という姿に発展し、その乗り物の最終形体がつまり現在の我々人間であるというのだ。

2、人間に限らず、生命は遺伝子の複製の為に存在する乗り物の様な物で、我々が日々考える幸せな人生などとは遺伝子は関わりを持っていない。 たとえ話をすると、タイタニックの沈みつつある船が私の身体で、その身体を乗り捨て救命ボートに避難する乗客がDNAという訳だ。 DNAは自らの存在を守る為に救命ボートに乗るがごとく新しい子孫を残す。沈みつつあるタイタニックは私という肉体である。 新しい子孫という形の救命ボートに遺伝子は古い肉体を捨て乗り換える。沈んでゆく船のように我々はDNAに捨てられる 個人的感情も人間的要求も、遺伝子の複製の為に生じた副産物である。悲しみも怒りも、DNAの生き残りレースに関わりはない。ましてや、DNAは私と言う個体の幸せなど知った事ではない。われわれは沈みかけたタイタニックの船の様にDNAに捨てられて死んでゆく。我々の肉体は単なる遺伝子の乗り物である。

3、適応度の高い遺伝子が自然淘汰上優位となり、複製を増やして行ける そのためには遺伝子は利己的な態度を取る。遺伝子は自らの複製を作る為にはほかの種の絶滅など知った事では無い。自分勝手な振る舞いをし、自らの複製を造る為に利己的に行動を起こす。

4、時に生物は他者を手助けする様な行為を撮ることがある しかし、それはより多くの同一遺伝子の生存を優位に持って行くための戦略である また複製能力のより高い個体を助ける行為である。つまり利害関係で利他的な行動を起こす ゲーム理論で生き残りの確率を増やすように、一見、利他的な行為を起こすが、やさしさで行動を起こした訳ではない。それは
DNAが効率よく生き残りための戦略として利他的なのである

5、人間は遺伝子にとって、ただの利用する生存機械とするなら 人間にとって生きる意義や目的は無いのか?確かに宇宙の意思は人間の幸せなど知った事ではないのであろう だが、人間は考える能力をもっている 考えると言う事は他の動物には見られない事だ、つまり人間は遺伝子の設計に初めて逆らう事の出来る自由な生物なのである

6ドーキンスはここでミームという概念について述べている。が、ここの部分は僕にはよくわからない
何度読み直してもどうもしっくりわからない。僕なりの解釈を間違っていると知りながらしてみよう。
遺伝子は、何億年もの間、生命の進化において、生命自身の肉体(あるいは細胞)を変化させて環境に対応して来た、
たとえば空を飛ぶ為には羽を数億年もかけて進化させて鳥になった。
しかし、とうとう人間に進化がたどり着いた時に大脳を飛躍的に発達させた。大脳の知識は生命の肉体を離れ、肉体の外に道具と言うものを作って人間の進化の代替を飛躍的に発達させることが出来た。それは創造という進化であった。物を作ることによって人間は自らの肉体では無く 肉体の外に道具を作り、さらに道具の能力を進化させることに成功したのだ。たとえば、飛行機、たとえば言葉、例えば、自動車、例えば携帯電話 そしてコンピュターなどである。

肉体から離れた『道具』という進化は、もの凄いスピードで生命が何億年もかかって作り上げた肉体的進化のスピードを追い抜いた。DNAの肉体を進化させると言う戦略は、今までは何億年と待たなければならなかったが、道具を進化させることに成功した人類の進化は、この地球上で他の生命体がとって来た今までの戦略とは話にならないくらい加速した。

そして、その進化は『知識』と呼ばれた。しかもその知識は、人間同士の間でコピーをすることが出来た 言葉で知識をコピー(学習)し、コンピューターを使って知識を一瞬にして世界中に伝達出来た。この知識をコピーするという戦略こそ、新しい生命の戦略であり、ドーキンスは遺伝子の新しい戦略、ミームと呼んでいる戦略であった。ミームはまるで遺伝子のようにドンドンコピーされて世界中に広がって行った。
そして文化的自己覆製子とでも呼べるミームーは遺伝子以上に個体への影響力を持つようになって来た
遺伝子の新戦略である、ミームは、反対に遺伝子自身の自滅を計る戦略の可能性さえ出て来た。たとえば、核戦争などによって、自身を壊滅させるリスクも否定出来ないものになって行った。

7、さて、ここで冒頭に登場したネッカーキューブの話にもどろう リチャードドーキンスは
冒頭にこの図形を出してこの利己的な遺伝子という書物の事を解説したつもりだろうが、 ネッカーキュブの示す意味は『一つの事実は一つの既決しかもたらさないとは限らない』ということをいいたかったのだろうか?どうもそのへんがよくわからない。つまり、一つの見方は遺伝子から個体を見た時の見方 (人間とは単なる生存機械であるという無機的なみかた)と、 もう一つは遺伝子の戦略などを無視した個体からの見方 (人間とはほかの動物と違って、遺伝子に逆い、目的や意義を持って生きることが出来るという見方)のふた通りがあるといいたかったと思われる。しかし、その見方のどちらも正しいと言いながら 彼は、『ネッカーキューブは誤解を招く。二つの見方が同じように妥当だと思わせるからである』と言っている。言い回しが変則なのでいったいどっちが正しいと言っているのか それとも両方の見方が正しいと言っているのか よくわからない。誤解を招くならわざわざ例に出す事もあるまいにと僕は思うが。

読み進めて行くに従って、われわれ人間は誰でも自分自身の人生の意義や、生まれて来た意味を考えるけれども それはキリスト教的神の存在を意識するからそういう発想が生まれるのであって、DNAにとって我々の肉体はだだの乗り物なのであるから、肉体は、本来はただの運搬機械としての意味しかない。
しかしその一方、我々は生命の歴史上他に類を見ないニュータイプで、初めてDNAの意思に反抗して生きて行く事の出来る唯一の生物である。ということも言えるとリチャードドーキンスは主張する
そしてミームは個体の進化を爆発的に進化させる生命の新しい戦略であり、遺伝子はとうとうそんな所まで人間を導いたのだと。そういわれれば最近は3Dコピー機なども開発され、SF映画に出てくるように知識を離れた場所から実体化させる事も出来るようになって来た。ピストルの構造図をアメリカからインターネットで転送し、日本で3Dコピー機によって実体化させ、暗殺をするということも可能な訳である。

さて、
我々人間は生まれてきた人生の目的や意義を必死で 『なぜ?』と問う生命体であるが 僕は、人間の脳というものは生まれながらに『創造をする』という設計になっているから、自動的にに生きる目的や意味を考えざるをえないのでは無いかと思う。 つまり、人間は道具を作る生命体であるので、どうしても作る意味や目的を考える 造る意義、や、概念も同時に考える。金槌には金槌の生まれて来たれっきとした理由があるのである。 しかし人間は違う。人間は存在が先攻する 目的や意味は無いのだが、まるで、目的を持って生きて来たかのように始めから脳に遺伝子によってプログラミングされている。何かを生み出す時には目的や造る意義がないと脳は耐えられない仕組みになっている。だから神が人間を作った時に何か重大な目的を与えたのであろうと勝手に希望する。
そしてまた、
創造すると言う事は神の意思と同じ行為であると錯覚に陥り、人間の生きる事に創造が直結している様な気になってしまう。しかし、リチャードドーキンスによれば、人間自身は神や、別の意思を持った誰かの創造した物ではなく、単なる偶然によって出来たものであるから、そこには遺伝子の乗り物という以外の目的は何も無いことになる。

遺伝子にとっては子孫を残せば、あとは個体である『私』は、用のない抜け殻である。 しかし、遺伝子の戦略など無視してしまえばどうなるのか? 遺伝子に反抗出来る唯一の生命体が人間であると言う事がどのように我々人類に影響するのであろうか?

そして、デザインとはドーキンスの言うところの一種のミームとするなら。デザインと言う意思の複製(ミームー)は人間の進化に今後なにをもたらすのだろうか?