A3バッグ,A3鞄 アルミ【A3図面ケース】

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奇跡のリンゴ (A3鞄)

title(日本の神)

ライフオブパイの神の話をした。ここでもう一つ東洋的な神の話をしよう。

日本人は信仰を持たない人種だといわれるが、それはそうではないと僕は思う。

奇跡のリンゴと言う自伝がある。無農薬リンゴを作ろうとして11年もの歳月をかけた一人の男の奮闘記である。

リンゴを無農薬で作ると言う事は、いままで誰も成し遂げた事の無い事であった。11年もの歳月を使い、主人公は科学的に、分析的に『りんご』を理解しようとする しかしそれはことごとく失敗して行く。とうとう、最後には成功させてしまうのだが、無農薬りんごを成功させたのは結局科学ではなかったのである。(又ネタバレするので、嫌な人は読まない事)

主人公は役所で勤めた人間で、昔から分析やモノの成り立ちを考えるのが大好きで、バイクを分解したり時計を分解したりして、モノの成り立ちに夢中になるタイプだった 夢中になったら止まらない。諦めると言う事を知らない性格の人物である。

そういう主人公が、見合いで奥さんを娶ることになった時に、役所を辞め、奥さんの実家のリンゴ農園を引き継ぐことになる。

リンゴ農園を経営して行くうちに、奥さんが農薬によって体調不良を訴えるようになり、夫である主人公は奥さんの身体の事を思って、農薬の使わないリンゴ農園を完成させる事を決心する。 分析好きの主人公なので、リンゴを無農薬で造る事など、その理屈さえ発見出来れば雑作も無い事だと、意気揚々自信たっぷりに無農薬に挑戦する。

やり方は、虫を寄り付かないようにすればいいのであるから、虫が嫌いそうな農薬に変わる、なにか天然素材を発見出来ればいい訳である。 例えばわさびだとか、酢であるとかである。 そして紙の上に農園の地図を造る。リンゴ農園を上から見て碁盤の目の様に地図上のエリアを造り、図にする。エリアごとに農薬以外の天然虫除け素材を手当たり次第に散布し、散布リストを造ってゆく。 この様にどのような天然素材成分が虫除けに有効であるか?を、素人考えではあるが、一応科学的にエリアごとに分析してゆく。効果のない素材には地図に、赤いマジックインキで塗りつぶしてゆく。と言う地道な方法である。天然虫除けが有効であれば、図に白いエリアが残る。有効な天然素材成分を発見出来れば全てのリンゴ農園に適応出来る。と言う考えである。

一年目に数100種類くらいのの天然素材を散布し、分析を開始したが、全てのエリアにおいて赤いマジックインキは塗りつぶされて行った。つまり、全エリアにたいして、天然成分は全く効果がなかった訳である。

リンゴ農園は奥さんのお父さん 義父に当たる人物のリンゴ農園である。当然、リンゴ農園は主人公の勝手に出来る訳ではない 実験は、最初はリンゴ農園の4分の1を使って分析を繰り返したが、4分の1のリンゴ農園では狭すぎて、有効成分が発見出来ないと判断した主人公は全てのリンゴ農園に対して分析をしてみたいと義父に申し出る。分析が4倍に増えれば1年目にして無農薬栽培の手がかりがきっと得られる。と言う訳である。

奥さんの父親は『挑戦してみろ』といい、全てのエリアを婿の為に提供することになった。主人公はいよいよ意気盛んに挑戦する。しかし、結果は失敗である。何度やっても、農薬以外の有効成分は発見することが出来なかった。

全てのリンゴ農園が栽培に失敗すると言う事は、りんご農家にとっては、収入が無くなると言う事を意味している。

やがて、数年の年月が経ち、奥さんの父親は貯金を使い果たす。 年老いた義父が郵便局に最後の貯蓄を下ろそうとする時、郵便職員に『いいのか?』と念を押して聞かれる。義父は『いいんだ』と言う。

(主人公よりもこの義父がかっこいい)

しかし、リンゴ農園は、だんだん、にっちもさっちも行かなくなってゆく。周りのリンゴ農園は農薬を使い、収穫を順調に進めて行く。しだいに、村の人間は主人公を変人扱いして行く。何のためにこんな事やってるんだ?バカか?と主人公は農村でも孤立するようになる。5年目くらいになると、収入が無いので義父のリンゴ農園の半分をとうとう売ってしまうことになる。

来る日も来る日も、無農薬分析を主人公は繰り返すが、リンゴの木は害虫だらけになってゆき、リンゴの木が枯れ始める。

収入が全くないため、主人公は街に出稼ぎに出なければならなくなる。それでも、農薬散布をしない主人公。

もうリンゴの木も、いまさら農薬を散布してもどうしようも無い、後戻り出来ないところまで追い込まれて来ていた。そして、主人公の実家の家族にも『お前は馬鹿だ』と見放されるようになり、とうとう、主人公は義父のリンゴ農園にそして自分の家族に、取り返しのつかない事をしてしまったのだと考えるようになる。

誰もやった事の無い、成功した事の無い、無農薬栽培を素人考えで、独自でここまで進めてしまった主人公。

奥さんの農薬アレルギーの為に始めた無農薬リンゴ農園が、最終的には奥さんとの離婚問題と、家庭崩壊に繋がってゆく。『俺は何のためにこんな事をやっているのか? もうだめだ』

とうとう、

主人公は無農薬栽培9年目のある夜、死ぬ為にロープを持って山に入ってゆく。

首を吊るため、木にロープを投げたがロープは木に引っかからず、山の斜面に向かって落としてしまう。『俺は自殺すら、人並みに出来ないのか』ロープを拾うために主人公は山を少し下るのだが、降りた所であるものを見る。山上からは見えなかった一本の木が、月明かりにスポットライトのように照らされていた。

不思議な気持ちで主人公はふらふらとその木に近づいてゆく。

最初主人公にはその木がリンゴの木に見えた。山の中にぽつんとたった一株のりんごの木が育っている。『何故こんなところにりんごが?』近づいてみるとそれは野生のクルミの木であった。『なんだあ、野生のクルミか?』りんごの木ではないと知り、落胆するが、なにも手入れもしていない自然の中になぜ?健康なクルミが立っているのだろう?

『おかしい。なぜ虫に食われないんだ?』

主人公は木が植わっている足もとの雑草だらけの土を手ですくい上げて、臭いを嗅いでみた。そこには微生物が沢山育っており、野生の土の香りがむせ返るようだった。 突然。主人公は、クルミが何故虫に食われないかが、雷にうたれたように理解する。義父が戦争でラバウルで餓死しそうになった時に 育たないと諦めていたにも関わらず、ナスの種を植えた。それが山で奇跡のように育って、助かったんだと言う話を思い出し、今までやって来た事が何故駄目だったのか?何故、義父のラバウルのナスは育ったのか?全ての事が彼の脳裏に突然繋がる。

わかった!わかった!これだ!と主人公は叫ぶ。なぜだ!なぜ今まで黙っていた!何故教えてくれなかった!俺はこんなにぼろぼろになって!家族全員、こんなにぼろぼろになってえ!と鳴き叫びながら山を走り下りてゆく。

それから、主人公は次の日から狂ったように山の土を運び、りんごの木の下の土を全部取り替えた。ガチョウを飼い、ガチョウの糞をまき散らした。りんごの木に虫がついても、一切駆除しなかった。鳥が飛んで来て、住みつくようになった。だが主人公はかまわず、足下の雑草も刈らずに、自然のなすがままに放っておいた。

すると、りんごにとって害虫であった虫は一切つかなくなった。それは、害虫の天敵である、鳥や、虫が、りんごの木に住み着いたかからだった。りんごは人間が造ったのではない、神が造った自然のモノである事に主人公はやっと気がついた。りんごは自分で育とうとしていたのだ。人間が、人間のおごった考えで虫を駆除しようとしても、それは害虫だけではなく害虫を退治する虫や鳥が住み着かなくなってしまう事にようやく気がついたのである。そしてその年 やっと、りんごの木は花をつけ、小さいがリンゴの実を付けることになる 実に10年目である。そして、11年目には、まともな売り物になるりんごの実がなっていた。

物語はこれでおしまいだが、僕はここに日本人の神に対する理解出来る信仰のあり方があると思う。主人公は『なぜだ!何故教えてくれなかった』と叫んだが それは正に自然の神に対して叫んでいた。

ライフオブパイの主人公が最後に2つのストーリーのどちらを選ぶね?神か?絶望か?と聞く時。

人は絶望を選ぶよりも神に仕える事を選ぶという西洋的な神を表現するのに対し、

日本人の信仰は自然の中にとけ込み、確かにそこに存在している神である。人間が選ぶ、選ばない。という問題ではない。奇跡というが、りんごの主人公は11年の歳月をかけてやっと、神と対話でき、実際に無農薬リンゴを栽培してしまったのだから。ライフオブパイの神に対する選択の信仰とは違う。日本人の神に対する信仰の形がこの映画には有ると僕は思うのである