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岡本太郎 呪術と芸術

太陽の塔日本の芸術家達が光り輝いた時代が有る 1970年の万博の時代だ。
横尾忠則はパビリオンである繊維館で独特の表現をした。まるで、黄泉の国から現れた異様な壊れた建築物、それが横尾の繊維館だった。
横尾だけではない 続々と芸術家達が頭角を現した。

シンボルマークを造った大高猛、建築家の丹下健三、黒川紀章など著名な巨匠の作品が立ち並んだ。
そして、岡本太郎の太陽の塔。この建造物は現在でも大阪万博公園にそびえ立っている。ここで万博があったんだと僕たちに過去を語ってくれている。

実はエキスポ70(大阪万博)の本当のシンボルタワーはエキスポタワーと呼ばれる建造物だったのだが、太陽の塔のほうが人々に人気だったのだ。万博が終わると太陽の塔は壊されるはずだった。ところが反対にジンボルとして残るはずだったエキスポタワーが取り壊されて太陽の塔は残ってしまった。それほどまでに人々にインパクトを与えた太陽だったのである。
多くの人は岡本太郎と言うと、『芸術は爆発だ!』といいながら 目をかっとみひらいてコチラを睨む、変なおじさんとしての記憶が有るようだ。
しかし僕は、彼は本当に芸術家らしい芸術家だったと思う。僕の思う芸術らしい芸術家とは、芸術によって商売をしない人。岡本太郎は生涯にわたって自分の作品は一切売らなかったのだと言う。そのかわりに多分、作品の使用料はもらっていたのだろうか?タレントとしての出演料や、本の著作権とかをお金に換えていたのだろうか?とにかく、どうやって彼は生計を立てていたのか解らないけど、芸術作品そのものは売った事が無いらしい。
そして彼はいつでも作品は『人が触れるところに置けと』言っていた。『触れるところにおいて壊れたらどうするんですか?』と周りの人間によく意見されたらしいが、『そんなモノ壊れたっていいじゃないか 芸術は大衆のモノだ。大衆が触れられない芸術なんかに意味なんて有るもんか!』と言ったらしい。
そして案の定、国立近代美術館で展示中だった『コントルポアン』という作品が鑑賞者によって傷つけられたので 岡本太郎の周辺の関係者は芸術作品をガラスばりにした。すると岡本太郎は火を噴いたように激怒し、『よけいな事するな。壊れたら、俺がくっつけてやるから文句有るか?』と怒鳴った。
万博が開催された当時も、似た様な晩話が有る。ウイスキーの景品として岡本太郎の顔のあるグラスをプレゼントしていたのだが、『ウイスキーの景品に芸術を提供するなんて。安っぽすぎますよ』と誰かが岡本に注意をした。 岡本太郎は『いいじゃないか芸術なんて大衆のモノなんだから』と言って聞く耳を持たなかった。その時のテレビはキリンのロバートブラウンのウイスキーのコマーシャルだった。 キャッチコピーは『グラスの底に顔があってもいいじゃないか。』だった。僕はその本物を持っている。43年前の『グラスの底に顔があってもいいじゃないか。』のグラス。何となく楽しい微笑ましい作品である。
岡本太郎の他の作品も紹介しよう、『明日への神話』と呼ばれる縦、5.5メートル 横30メートルの巨大な壁画作品がある。
万博開催当時、岡本太郎は忙しく、メキシコと日本を行き来していた。この『明日への神話』の壁画を制作していたからである。メキシコのホテルのロビーにこの作品は飾られていたのだが、その後ホテルは倒産、30年あまりの数奇な運命を超えて 作品だけが日本に帰って、2011年から渋谷マークシティの京王井の頭線渋谷駅とJR渋谷駅を結ぶ連絡通路に現在は飾られている。
この作品の意味するところは原爆批判と言われているが。おりしも、福島原発が事故を起こした時、この作品の一角がエスカレータに面していて、人の触れる事が出来るところにあったために、原発が爆発した絵をベニヤ板上に描いて、この作品に貼付けたバカがいる。
岡本太郎が生きていたら、『いいじゃないかそういう見方をしてる奴がいても』と言いそうだが。何処の誰かは知らないがつまらない事をする奴がいるものだ。

それはともかくとして、この様に岡本太郎は生前、終止芸術は大衆の者だといい、自らの作品が壊れる事なんぞ一向に構わないという態度だった。一体なぜ芸術は大衆のモノだと言ったのか?それを知る為には岡本太郎の作品は一体なんであるのか?を問わないといけない。
岡本太郎は生前、芸術は呪術だと言っていた。 呪術とは何であるのか。それは民俗学と関係がある。つまり、レディストロース、言語学、構造主義と関係があるのである。 実は、呪術とは民族の生命力をしめす最小記号であると僕は思うのである。
たとえば、人類がもっとも古い芸術はフランスのラスコー洞窟の壁画であると言われているが、これは4万年前の石器時代に描かれた壁画で動物の絵が描かれている。 この絵は何を示しているのかと言えば、太古の人類が生活の為に狩りをしていた様子だと言われている。狩りをしている様子を石器時代の人類は何を思って描いたのだろうか?

文明と言うモノが一切無い時代。もちろん明かりを灯す電気もない。
夜がくれば、辺り一面闇である。火をおこす事には怠らなかっただろうが、獣が襲ってくる事もあり得る。そのような時代で、
生きて行くと言う事においてはこの上なく厳しい自然の中におかれている弱い人類。それが我々の祖先の姿だったに違いない。

そして、そこには『願い』があったはずである。 神に対する願いか?明日又、狩りが出来、生活が安定するようにと願ったのか?闇の中で手探りで生きる事を絵に表現したら、狩りの絵になったのか?それは描いた人間にしか解らないが、しかし、太古の人間は何かの『願い』を込めてその壁画を描いた。 その願いこそがすなわち呪術(民族の生命力をしめす最小記号)だと思うのである。
岡本太郎は日本太古の縄文土器に影響を受けていた。原始の情熱 凄み、民族の生命力みたいな何かをそこに感じ取った。
縄文土器に日本古来の呪術 すなわち、生活を形にした芸術に心を奪われたのだと思われる。

太古の民族の叫びというか、生死をかけた情熱というか、そういう何か魂の叫び、みたいなコトを岡本太郎は呪術と呼び、それを民族的に集団で発展させた行事が祭りだと言った。偶然かどうか解らないが太陽の塔がそびえ立つ広場はお祭り広場と言われていた。
理屈抜きにして、祭りは大衆のものである。大衆がいなければ祭りは成り立たない。だからこそ、芸術は大衆の物だと言ったのではなかろうか。

話を大阪万博に戻そう。
大阪万博のコンセプトテーマは『人類の進歩と調和』だった。
しかし、岡本太郎は文明を人類の進歩とは考えなかった。だから、『人類の進歩と調和』なんて糞くらえだと言った。『人類はちっとも進歩なんかしていやしない』と叫んだ。つまり、まるで文明が人類の進歩だと言わんばかりの大阪万博のテーマに対して、太陽の塔は反抗の象徴だったのだ。岡本太郎は太陽の塔によって文明に対して反抗の呪術をかけた。文明が人類の進歩だなんてとんでもないという訳である。
だから調和どころか、太陽の塔は全く誰の計算にも入っていなかったほど巨大なモノに設計されたのである。大屋根と言われる当時の最新建築技術の建造物が先に設計され、太陽の塔を覆いかぶす予定だったのに、逆に太陽の塔はそれを突き破り、大屋根の土手っ腹に穴を明けてしまったのだ。
この大屋根を設計した丹下健三という建築家は自分の設計した建築物に大きな穴を明けられて『なんてことをしやがる』と思ったに違いない。

僕らは、当時、あの大屋根に明いた穴は計算し尽くされた設計だったのかと思っていたが、なんと!実はだれも全く計算に入ってなかった穴で、岡本太郎が『あいつ(大屋根の設計)に大穴を開けてやりたい』と、自我のごり押しで明けてしまった穴なのだ。

岡本太郎は『これが出来ないなら俺はこのプロジェクトから降りる』と言った。だれもまさかあんな70mもある巨大な、ハニワの様な、意味の無いモノを建てられるとは思っていなかったのだ。まさに、調和どころか、不協和音。それが、文明への反抗だったとは誰が理解したであろうか。むしろ、文明や調和とは反対のもの、太古の叫びである呪術だったのだ。現在はもうその大屋根さえ取り壊されて無いが、文明への反抗の象徴だったのだ。

夏草やつわものどもの夢の跡

今、太陽の塔は、当時お祭り広場と名付けられた大地に寂しそうにひとりぼっちでそびえ立っている。