A3バッグ,A3鞄 アルミ【A3図面ケース】

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開発秘話その①,nudeA3bag

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002-1NUDE開発裏話その①
ここらへんで、ちょっとコマーシャル。ときどきこんな風にして開発裏話を入れて話をしたい

ブログの書きたい事の本筋と外れるけれど、NUDEが出来上がったその裏話などもぼちぼちと話せたら幸せかもしれない。
今回ははその一回目。
元々僕は、金属の材料やプラスティックの設計をするのが得意で、学生を卒業して
初めて入った会社はストリートファニチュアーなどを作る会社だった。ステンレスを溶接して、磨いて削って作る行程の商品。
具体的に言えば、ホテルの灰皿や、公園のステンレスのチェアーやら、プレスで作ったダストボックスやらで、30年経った今でも街角で僕のデザインした物を見かけるのは
ある種の感動である。
そんなような固くて、ネジや溶接や、鋲で組み立て無ければならないものをずいぶんと手がけた。いかにもプロダクトデザインという仕事が得意だった。

それが突然、もっとファッショナブルなデザインの仕事をしたくなり、大阪の某Mスポーツメーカとデザイン契約するようになってから、僕のデザイナーとしての独立活動が始まる。個人のデザイナーとして契約を取ったのは26歳の頃だった。自分の会社を本格的に作ったのは34歳の頃だったが、とにかく、26歳の時スポーツメーカーとデザイン契約するようになって、スポーツシューズや、ゴルフバッグやら、ヘッドカバーやらボストンバッグやら、キャップやら、いわゆる縫製品の柔らかい物ばかりを手がけるようになる。今までの商品とは打って変わって、
固い者から柔らかい者への転向。当初ものすごい違和感があった。なぜなら、金属やプラスティックをデザインする時には図面を引き、公差という微妙な金型上の誤差まで計算して図面を引く。図面を引いたら、キチンと計算して強度計算もして、それがプラスティックのパーツであればインジェクション金型が抜けるかどうかも考えて、または、鉄板加工のプレス機などの機械の事まで考える。もちろん、最終的に部品が組み立てられる物にしないと商品にならない。当然、お客さんが使って便利という物を作らなければならないのだが、組み立てる順番、組み立て易さなども考慮しなければコストがどえらい高いものになってしまう。
ところが、そういう感覚で縫製品をデザインしたら全然想像したものと違う物が出来上がってくる。デザイン画にいくら寸法を描いても無駄なことで,縫製品には服飾関係もそうなのだが、寸法なんて入れてはいけないのである.。縫製品を作るときはパタンナーとか、職人がデザイン画を見て型紙を切り、サンプルを作る事になる。三次元的な立体裁断になる場合もある。
なかなか図面通りに作るのは難しい。なぜならば職人は勘で型紙を切り、勘で縫製をして、デザイン画に近づけようとする。いや、中には、デザイン画を全く無視してつくる職人までいる有様である。
無理も無い話で、図面にきっちりと寸法が描かれていたら、本来ならその寸法通りに作らなかければならない。しかし縫製品は寸法通りに作れば作るほど、どこかにひずみが出来て、
うまく行かないのだ。柔らかい手触りや 触って形が変わるくらいラフな感性でなければ縫製品は最終的にはカッコ良くみえないのだ。
言って見れば、縫製品は形が変化するからこそカッコいい。のである。

デザイン通り行かないもう一つの理由がある 職人のデザイナーに対する反感である。
縫製品はストリートファニチュアの様に金型やプレスやプラスティックで、強制的に形をつくるのでは無い。デザイナーはコンピューターで図面を描いたりするが、溶接を直接やったりはしない。成型品の様な固いものを設計するときは金型を作る人間や、溶接をする人間と図面を引く人間は役割が分担されている。
ところが、縫製となると、型紙を切っている人間がすなわちデザイナーだったりする。図面など引かない人が多い ほとんど人間の勘で、ある程度は職人の感性で作っているのだ
デザインをする人間は本来は図面やスケッチを描いて終わりである。それをわざわざミシンを踏んで形をつくったりはしない。だから、縫製が解っていなかったり経験が浅かったりすると
職人には反感を持たれることもしばしばだ。現場を知らない現場監督みたいなのもだ。

はじめの頃は、いくら図面を引いて、寸法を記入しても寸法通りにサンプルが上がって来ない 自分の自由にならないものだから、職人にいつも文句をいい、喧嘩をする様な日々が続いた。
大手メーカでも、縫製品となると、職人任せなのである。
当時、5000万もするシューズキャドと言う機械がクライアントの設備としてあった。靴のラストと呼ばれる木型の靴の原型のモデルから三次元でよみとり、2次元の型紙に書き直す機械である。コンピュータで靴の原型から型紙を2次元に自動的書き直すキャドという訳である。しかし、その機械が出してくる型紙をそのまま縫製したら、やっぱり寸法が合わないのだ。
結局人間の手でおかしなところを修正しなければならない。5000万も機械にお金をかけて、それでもなお、最後は職人に頼らなければならない。こんな大げさな機械まで使って、デザイナーが自分の思っている造形を表現出来ないなんて馬鹿げている。

だからかどうか知らないが、縫製品の世界では服飾デザイナーを除いて、外部のデザイナーが育ったという話を聞いたことがない。ほとんどの人はインハウスデザイナーである。

不安を抱えながらも、ある日、何気なくテレビを見ていると、陶芸家が陶芸の事を語っていた。その陶芸家が誰だったかは覚えていない。しかしその陶芸家は、60%はどんな物が出来るか狙って創作しているが、後の40%は焼き釜次第でどんな物が出来るかは、そのときの運命に任せる その運命が偶然の面白さをかもしだし、全く新しい表現が出来る場合がある。と言っていたのを聞いて そういう考え方もあるのかとショックを受けた。縫製品と似ているなと思い、それは一つの造形のあり方なのかと釈然としない気持ちですごしていた

しかし、縫製品は解ってしまえばいくつかのパターンの組み合わせなのである 製品の型紙の構造が解ってしまえば、職人をコントロールする事も可能となる。
商品をデザインする時に注意しなければならない事は、一から十までその気になったら自分で型紙を引き、生産まで出来てしまえるものを描く事。
そのためには膨大な知識が必要である。 それは縫製品も固い金属もプラスティックも同じ事だと最近では思う。

もちろん。断っておくけれど、僕自身良いデザインとはイコール、造形がカッコいい事とは思っていない。量産出来るデザインが良いデザインであるとも思っていない。
当時は造形にこだわることは僕のデザイン活動でかなりの重要な部分を占めていた。それはたんなる若い時の自己満足であったが、僕の中では重大な期間だったと思う。
しかし、また、結局デザインされた商品は売れなければならないというのも現実である。デザインは特別な物を覗き、商品にして、生産して、売って,人の役に立つ事が目的と言ってもいい。
造形にこだわりすぎて自己満足に終わると人の役に立たないデザインになってしまうのだ。

最近、人の役に立つ事とはかなり難しいことだと思いつつある 商品が売れると言う事は作った人間と 使う人間の間に共感が出来るという事だ。デザイナーの勝手な満足感を犠牲にしても売れる事はやはり現実として大変重要な事なのである。時にはカッコいい物ほど売れなくなる場合がある。

振り返ると、あれから、30年も立って、いろいろな商品を開発して来た。ストリートファニチュアから、6mもある段ボールに印刷する機械。ブルドーザにグリースを注入する機械。スクイジーと呼ばれる窓を拭く機械 照明器具 ハサミ スキーブーツ テニスラケット 医療器具では 歯医者さんの使う滅菌器 酸素ボンベを積む酸素ボンベキャリー
縫製品ならボストンバック ゴルフバッグ。シューズ。ゴルフクラブ テニスバック

いま得意としているデザインは、縫製もののような柔らかい形の決まりにくい物と、プラスティックや金属の様な固くて、形がかっちり決まる様な物の組み合わせ。そして、自分の会社で生産まで出来てしまうもの。が最も僕の得意な仕事となっている。実は固い物と柔らかいものを組み合わせるのはもの凄く難しいことなのだけれど、その得意技を生かした時にデザインの新たな局面が生まれ、全く新しい人の役に立つ物が出来るのではないかと考えている。 それはまた、造形にこだわるという元の自己満足に立ち返って行く考えが色濃く出る一面もあるのかもしれない。
そういうモノの一つがNUDEである
NUDEはエムディオフィスのオリジナルブランドで、自己満足と言われても仕方ない商品であるのは解っているが、造形にはかなりこだわっている。
この商品を見て冗談じゃないのかと大笑いする人もいる。しかし、普段のクライアントに要求されるコンセプトを全て無視して自由に作ってみた。
そしてNUDEバッグとは引き算のデザインである 足し算のデザインではない 引き算足し算のデザインとは何か?この辺の話はまた機会があったら書こうかなと思う。
けれど、そんな風にしてNUDEは出来上がった訳である