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手塚治虫 火の鳥

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スタンリーキューブリックが2001年宇宙の旅を制作する為に、手塚治虫に協力を仰いだのは有名な話である。
手塚治虫は晩年この頃の事を残念そうに語ったのだが、渡米を一年間において強制されてしまう為、全ての連載とアニメーション制作をキャンセルしなければならず、彼は丁重に断った。

日本人なら誰でも知っている漫画家 手塚治虫 僕はこの人の漫画を全部読んだわけではないが、ブラックジャックなどの人気のあった漫画はほとんど読んでいるはずだ。
その中で一番面白かった漫画を一つ上げるとしたら、これはもうダントツで火の鳥の未来編である。
火の鳥は色々な短編ストーリが繋がった漫画で 大きな流れが一つの物語になっている。したがって、未来編が特別おもしろいという見方は間違った見方なのかもしれない。だが、火の鳥全体が面白いとはやはり言えない。僕はこの未来編が特別面白かった。

ストーリーは。(またネタバレ注意)人類の科学や進歩が飽和状態になった世紀、新しい発見や文化が生まれなくなった頃、人類は科学汚染によって地球の地上には住めなくなっていた。人々は「ユーオーク」「ピンキング」「レングード」「ルマルエーズ」「ヤマト」と呼ばれる巨大な五つのメガロポリスを作り、地下深く移住するようになる。人々はしだいに、未来に対する希望よりも、昔を懐かしむようになり、ファッションや哲学などもむしろ後退するようになる。人間は人間の未来を自分で考えなくなり、計算に絶対に間違いがないと言われるコンピューターに未来をゆだねることになる。
もはや何処の国にも人間の政治家はいなくなり、コンピューターが政治を支配していた。人々の心の中には閉塞感があふれるようになり、そんな中でムーピーと言う地球外生物を飼うことが流行になる。ムーピーには特殊能力が備わっており、それは、自らの姿を人間の好みによって変えることが出来る ムーピーは人間の好みに合わせて恋人になったり、ペットになったり、家族になったりした。しかもムーピーは人間に使える事を生き甲斐としていた。  そして、テレパシーによって人間の心に直接交信をすることによって人間の脳に快楽を与える麻薬の様な覚醒をもたらす能力を持っていた。人々はムーピーのもたらす覚醒をムーピーゲームと呼び、夢中になった。 ムーピーにより人間はますますスポイルされ、無力になると判断したコンピューターはムーピーゲームを禁止し、ムーピー狩りを行うようになる。

この物語の主人公であるマサトは政府の人間でとして登場する。自分の恋人としてつき合っている女性タマミがいるのだが そのタマミがまさしくムーピーの最後の生き残りであった。他のムーピーは既にムーピー狩りによって処分された後であった 最後の生き残りであるムーピーが政府関係のマサトと交流が有る事を気づいたコンピューターは、マサトの上司である政府司令官ロックを呼びつけ、ムーピー狩りを行う命令を起こす。 間もなく部下であるマサトにも、ムーピー虐殺命令が下されるが、マサトは恋人であるタマミを殺すことは出来ずに、隣のメガロポリスへ二人で逃亡しようとする。

しかし、政府の手が回り、国外逃亡は不可能と解った時、マサトは地上へ逃げ込み、地上つたいに隣のメガロポリスに逃亡する決心をする。地上では氷河期が嵐をよび、荒れ狂う大地で、人間が住める様なところではないが、無謀にも、防寒服もなしに二人は飛び出す。地上でさまよっているうちに猿田博士という世捨て人の研究ドームに助けられ九死に一生をえる。

一方地下都市では、マサトとタマミの逃亡が発端となり、2つのメガロポリスのコンピューター同士の政治的ないざこざが起こる。コンピュータ達はいざこざによりあっと言う間に戦争を断行、突然に地下の5つのメガロポリスは、国同士が核戦争を起こし、5つとも一気に消滅してしまう。地球上で生命と言えば、地上の研究ドームにまで追いかけて来たロックを含む、たった3人と、1匹のムーピーだけが取り残されてしまったわけだ。

まもなく、マサトの目の前に唐突に火の鳥があらわれるが、マサトは火の鳥によって生命再生を義務づけられ死ねない身体にされてしまう。
爆発の衝撃によって既に研究ドームには放射能が侵入し、猿田博士もロックも、のちにムーピーのタマミさえ、死んでしまう、誰もいなくなった放射能渦巻く地球でマサトがたった一人だけが生き残る。火の鳥によって勝手に押し付けられた生命再生の義務でさえ、なにをどうすれば良いのかわからないまま、孤独によってなんども自殺を繰り返すマサト。だが、もはや死ねない身体は死を受け入れることさえ出来なかった。誰もいない地球上でたった一人で、何百億年も気の遠くなるほどの歳月を生き続けなければならないマサト そしてとうとうマサトは。。

手塚治虫のストーリには、ハッピーエンドで終わらない物語が数多くある。ハッピーエンドで終わる手塚治虫の漫画はあまり面白く無い。どこかで、この漫画家は人間を突き放した冷たい視線を持っている。時には、主人公でさえあっさりと殺す。ストーリーは残酷で、暗く、おぞましい様な人間同士の争いが描かれて行くにも関わらず、絵はディズニーの影響で、丸く、かわいらしい様な線で描かれている。
そして、生命と女性をテーマにする時、何かしら独特の変態的とも言えるエロティシズムを感じる。
手塚ファンの怒りに触れそうだが、実を言うと僕はこの絵と、ストーリーのミスマッチがイヤだ。
描かれているおぞましいストーリーがイヤなのでは無い。漫画としては何度も読むほど面白い。なのに、絵は、子供向け漫画のように可愛らしい。火の鳥の顔など見ていられない。ディズニーのバンビの目とそっくりである。
この絵と、ストーリーのギャップが作品の面白さを低下させていると僕は思う。手塚治虫は沢山の作品を描いているから、駄作も多いのであるが、秀作では彼のストーリーは他の漫画家と比べてもダントツで深い。 それにも関わらず、絵のイメージと、ストーリー進行にこんなにもギャップが有る漫画家も珍しい。絵がもっとうまかったら、もっと凄い反響があったに違いない。 それこそ、キューブリックや大友克洋がこの未来編を書き直してくれないか と、密かに思っていたのだが。

余談だが、手塚治虫は大変な嫉妬家で、自分に無い才能が有ると認めた漫画家に対して、悔し紛れに『あんなもの漫画じゃないです』『汚い絵で見ていられない』『一体この漫画の何処が面白いのか誰か教えてくれ』とコケ下ろす。彼自身は自分が巨匠だとは思っていなかった。自分の発言が影響力があるとはちっとも思っていない様子だったという。そして後でしまったと思い、コケ下ろした相手に時には謝りに行くと言う可愛らしい性格だった。
全く仕方のない子供の様な人だったのだろうと思う。誤解されやすい性格だったのだが、コケ下ろされた方は全然恨んでいないのはコケ下ろされた方がこの人の性格や人の良さを知っているからなのだろうと思う。